Diners Club Card Members に
季刊誌 「VALUES」
月刊誌 「SIGNATURE」 が届く
クレジットカードのサービス低下も甚だ著しくboring
ダイナースも例外でなくカード発行当初の志などどこへやらdisappointedである
だが1つだけ楽しみなのが 「SIGNATURE」に掲載される小説家 伊集院 静のessay
仕事の合間に思い出したように手に取るとなぜか心が落ち着くから不思議だ
(H)
以下、10月号に掲載された -旅先でこころに残った言葉-
第46回 イタリア・ミラノ コモ湖より抜粋
(略)
三月の震災の直後、福島原発事故はヨーロッパでも大きく取り上げられ、中でもフランスは大々的で、三月二十日の時点で、"ほぼメルトダウン"していると報道され、日本にいたフランス人の大半が本国に帰った。
この時、フランスから我家に連絡が入り、「イジュウイン、家族と一緒にすぐにフランスに来なさい。住まいもすべて用意しているし、仕事もできるようにしておくから」と言われた。
有難い話であった。しばらく訪れていないし、旅人であった私を真に友人とみなしてくれていることが嬉しかった。フランス人はきわめて個人的主張が強く、自己本位と言われる時があるが、いったん友と認めればヨーロッパで一、二の愛情の絆の強い人々でもある。
しかし私はこの返答を送った。
「気持ちは涙が出るほど嬉しいが、私はもう六十歳を過ぎた。東洋的死生観で申せば、死はすでに身近なものとして受け入れており、その認識に立って、この大きな災害が何であるかを現場で見つめ、対峙して、小説家として何ができるかを実践したい。この国にいることは不幸ではなく、幸いであるとすら考える。人生のラストコーナーでこのような機会と遭遇したことは私の運命と思って、これまで以上に執筆したい」
この一文を読むと何やら格好が良いことを返答しているふうに聞こえるが、これはまぎれもなく私の心底に湧いたものだった。
そして追伸としてこう付け加えた。
"神の存在を考える最良の時だと思う。"
今回の旅は、レオナルド・ダ・ヴィンチを中心とした取材なので、フィレンツェにむかう。旅の想像をしていたら、美しい湖がよみがえった。
―あの美しい湖を見、生涯で聞いたあれ以上はないと思われた美しい鐘の音をまた聞きたいものだ。
イタリアのコモ湖畔にあるホテル、ヴィラ・デステを訪ねたのは二年前の秋の終わりであった。
当時、私の海外取材はひどいハードスケジュールで、その秋も最後の取材をミラノで終えて疲れ果ててしまった。それで静かな場所で休養をとろうとミラノから車で湖畔の村に出かけた。
山径を車で走ると紅葉の見事さに感嘆した。
―イタリアにもこのような紅葉が・・・・・。
眺めているうちに、イタリア人の色彩感覚の豊かさはこの自然から培われていたのだと思った。
ホテルの目の前が湖で、部屋の窓の下に湖水が入り込んでいた。この風景は海のそばで生まれ育った私の気持ちを安らかにしてくれた。
―何もしないで過ごそう。
そう決めていたので書きかけの原稿はおろか本もすべてミラノのホテルに置いてきた。
食事も、ワインも、グラッパも実に美味しかった。疲れていたのだろう。熟睡したようだった。その眠りの底にかすかに音色が届いて私は、翌朝、目覚めた。
音色は夢の中から聞こえたものではなかった。ベッドを出てカーテンを開け、窓を開けるとシンフォニーのように鐘の音色が飛び込んできた。
―どこから?
それは対岸の村々の協会の鐘の音だった。折しもバチカンからパウロ二世がこの近くを訪れていて、それを歓迎する鐘の音であるのは後でわかった。
私は生まれて初めて、水面を走り、ひろがる鐘の音色を耳にした。おそらく湖を囲む木々にも木霊し、まさに交響楽のような重厚な音色だった。
この時、私はその音色に神の啓示のごときものを感じた。千年以上前から人々はこの音色を聞き、祈りを捧げたのであろう。
目を閉じた。なにものにもとらわれない敬虔なこころ持ちになった。
私はその時、初めて、神の存在というものをきわめて曖昧であったが意識した。
私はかつてカソリック信仰を持つ妻に、神が君たちに何をしてくれるのか、と無神論者の立場で尋ねたことがあった。彼女は答えた。「何かをして下さったということはありません。でも、どんな時も、そばにいてくださいます」
その言葉が遠く離れた国の湖畔で何とはなしに実感としてよみがえった。
旅は思わぬ出来事に出逢うものである。
(文:伊集院 静)










